汚れた目に臆病な心の話
人狼における白要素黒要素は二面性があると思うんですよね。
単純に言うと
初日に軽く動いているから白い=白く見せるために軽く動いてる黒
みたいな話ですね。
ある意味で要素のみを見た場合に、狼要素とならない要素ってないと思うんですよね。
村利行動をしていたら、白く見てもらうためだったのだ!みたいな
色々な狼に会うと色々な狼がいる事を知って、白要素も黒要素としてありえるになると思います。
これがわたし的に汚れた目で見てしまっているのかなとちょっと思ったりしました。
序盤に白黒あまり拾わないのは、汚れた目を通して、それってどっちとも言えるじゃん状態に陥っているんですよね。
村のために動いてるとか狼じゃないか?(末期症状
みたいな感じですね。
そして、考察を外すことを恐れる臆病な心によって、より序盤に白黒言わなくなってしまっているのかなぁと思ったりしました。
序盤に軽い村人がいたらその人は狼じゃないという素直な目
あとからその軽い村人が黒く見えたら黒という恐れぬ心
そんなものを目指してみてもいいかなぁと見学席で軽く白黒言ってたら思った次第です(オチがなかったけどそれも恐れない心